将来なりたかったもの
子供の頃、文集や色紙に何かといえば、
「将来何になりたいか」を書く機会があった。
幼稚園から小学校低学年まで、これといってなりたいものなど
いっこうになかった私。いや、なくはないのだが・・・・。
私のなりたいものは恥ずかしくて人には言えない・・・
と思っていたような気がする。
とりあえずは、友達が書いたのを参考に盗み見る。

女子は、だいたい"○○の先生"、"お嫁さん"、"バレリーナ"が人気。
男子は、"スポーツ選手"、たまに"総理大臣"などもいた。
物心ついてからかなり大人になるまで、
「先生」と名の付くものと、「お嫁さん」にはなりたくなかった。
という訳で、当時特別なりたいとも思わなかったが、
女の子らしく、いかにもうけのよさそうな「ほぼさん」と
書き続けていた記憶がある。しかし、本気でなりたかったことは
一度もない。(したたかな子供である)

ところが口外することなく密かな野望はあった。
小学1年の時は『野球のピッチャー』。
夏になると、両親が高校野球に盛り上がっていた時期。
「かっこいい・・・あんな風になりたい・・・」
と言うのがたぶん理由だと思う。
野球ごっこをする時は、我先に「ピッチャーやる!」と宣言していた。
しかし、野球選手は男の子がなるものである。
人に言えるはずもない・・・。内なる闘志を燃やすばかりであった。

小学校3年生ぐらいに『ラジオのDJ』。
しかも、このラジオのDJは4年生の「なりたいもの」に堂々と書いた。
しかし20数年前、DJになりたいなどと書く子供は私だけであった。
結構勇気がいった。当時、Myラジカセを買ってもらったばかりで、
家に帰れば一日中ラジオを聞いていた。
5年生ぐらいからは、布団の中で音を小さくして、
深夜のオールナイトニッポンを聞いていた。
同時に、洋楽にはまり、DJも全て英語の番組をずっと聞いていた。
マドンナ、シンディローパー、a-ha等等。
いまだに80'Sの洋楽が流れてくると、懐かしくてしかたがない。
「音楽を一日中聞けて、しゃべるのが楽しそう!」
というのがたぶん理由だと思う。(単純な動機である)
この頃から「しゃべる=楽しい」ということに目覚めていたようだ。
そういえば当時、文集に書くために、慣れないアルファベットの
「DJ」という文字を紙にメモって学校へ行った気がする。

そして、実際に「職業」として初めて意識したのは、
小学5年生である。『マクドナルドのレジのお姉さん』だった。
これは文章にこそ残してはいないが、親戚の前で公言した記憶がある。
「私は大きくなったら絶対、マクドナルドのお姉さんになる!」
親戚一同の失笑をかったことは言うまでもない。
しかし、本人は真剣そのものだったのだ。
なにがよかったのか・・・・理由は定かではないが、
小学5年生の私には、あの"笑顔"に魅了され、
大人の雰囲気を感じ取ったのかもしれない。
(決して、マクドナルドが食べれる!という理由ではない)

その後実際にマクドナルドに勤める機会はなかったものの、
学生時代のアルバイトから就職に至るまで、
接客業にずっと携わっていた。不思議なものである。
結局、人としゃべるのが好きな性格で今に至る。
しかし、大学生になるまで、自分がおしゃべりだと気付かなかった。
友達に言われて、気付いたぐらいだ。
自分のことは自分が一番わからない。

それにしても・・・・。
小さい頃から、いかに一般的な職業に興味を示さなかったことか。
憧れる職業は男の子がなる仕事が多かった。
男の子になりたい!と思っていた節もある。
しかしながら、結婚前の最後の職業では、周りから「先生」と呼ばれ、
現在に至っては、憧れもなにもなかった「お嫁さん」と
なってしまったのであった。人生、予想とは程遠いものである。


  
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