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おばあちゃん
小さい頃からおばあちゃんっ子だった私。

早くに旦那(私の祖父)を病気で亡くして、
女でひとつで看護婦をしながら、子供たち3人を成人させた。
初孫だった私は、孫たちの誰よりも祖母と一緒の時間を共有している。

専業主婦だった母に比べて、ばりばり働く祖母。
しかも料理も抜群に上手。
母の手料理を祖母の味と違うと、何度も母を困らせたほど。
祖母のように、パワフルに働く逞しい女性になりたいと
子供のころから思っていた。

一人暮らしするときに、教えてもらった餃子、きんぴらごぼうの作り方。
子供のころから、編み物、刺繍、果実酒作り、色んなことを母ではなく、
祖母を見て覚えた。

ご飯はきちんと食べること、生活のリズムを整えること、
女性らしい立ち振る舞いができないと、子供のころから何度も叱られた。
私の生活習慣の基礎は、確実に祖母の小言によって
形成されたはずだ。

大人になってからは、私の知らない母達の子供時代の思い出話や、
家族や親戚間の問題ごとを「困った困った」と笑いながら、
二人でずっとおしゃべりしてた。

おっと。
ここまで書くと、なんだか祖母が亡くなったような雰囲気ですが、
まもなく90歳、まだまだ健在ですよ。

しかしながら、私もなかなか里帰りする機会が取れず、
祖母に顔を見せに行っていない。

せめて祖母の様子を知りたいので、電話をするのだが、
数年前から耳が遠くなり、少しばかり痴呆もあるので、
電話では会話が成り立たず、会話らしい会話ができないことがもどかしい。

最近も電話すると、私の両親が祖母の近所に住んではいるのだが
相変わらず一人暮らしをしている祖母は、
「(子供や孫たちが)会いに来てくれずさみしくてたまらない」
と繰り返し訴える。

「元気にしていてよ。また遊びに帰るから」と返すのだが、
私が知っている気丈な祖母が、とても気弱になっていることに気づく。

旦那を早くに亡くしたために、強く生きていかなければならなかった祖母。
子供達がそれぞれ家庭を持ってから、以来ずっと一人暮らしだ。
病気になったり、何か祖母のことに心配なことがあるたびに、
一人暮らしは無理だと言っても、今の家から離れたくないと
がんとして聴かなかった。

頼っていい時に頼り方を知らず、
恩をあだで返すようなことになってしまい、
子供のころは仲がよかった親戚同士も、
いつしか少しづつ疎遠になってしまった。

強さと、頑なさ。

豪快で、面倒見がよく、はつらつとしていた私のおばあちゃん。
その強さゆえに見えていた側面だ。

今は、気に入らないことは何も受け入れず、
頑なで愚痴ばかりの気弱なおばあちゃん。

私は、人は一人では生きていけないんだ、と気づいて結婚した。
おばあちゃんはずっと一人で平気そうだった。
みんなが心配しても余計なお世話だと突っぱねた。

「さみしい」と言えない弱さと強さ。

今は、ただただ「さみしい」と繰り返す。
けれど自分がこれまで突っぱね、軋轢を増してきた人間関係が、
自らの孤独を生んでしまっている。

せめてもう一度だけでも、昔のようにおばあちゃんを囲んで
笑いあえる機会が持てたらいいだけれど。

強くて豪快なおばあちゃんの時のように。






  
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