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夕食の時に朝録画しておいた朝ドラを夫婦で見る。
最近のストーリーの展開で、女性が学ぶことが簡単ではない時代は
はるか昔のことではなかったんだな、と気付く。

一方で女性は学ばなくていい、とか
会社に正社員で男性と同じように働かなくていい、という考え方は
20年前の私が学生の時にもはっきりと
その価値観が存在していたことを思い出した。

高校3年になった時、私は大学に行くと決めていた。
そもそも小学生の時から早く自立してバリバリ働きたかった。
それはすぐに就職するということではなく、
一人で働いて生きていけるように、
大学を卒業して出世できるような会社に
総合職として勤めるというイメージだった。

だが、当時思いがけなく突きつけられた現実は、
我が家には弟一人分しか大学進学することができないという
経済事情だった。
そのままストレートに、弟は(男だから)大学が必要だが、
私はできれば就職して欲しいが、せめて短大と親に言われた。

父親が我が子のために必死で働き尚且つ節約し、
それでも無理だと言われたら、私も少しは考えたかもしれない。

父は問題が多い人だった。
常に自分が一番で、何かを子供のために譲るという事を
絶対にしない人だった。むしろ私達が我慢するよう言われるくらいだ。
だからこそ私は父の世話にならずに、
一人できちんと生きていける大人になりたかった。

だから、私の人生に大学は絶対不可欠だと思っていたので、
何がなんでも大学に行くと言い張った。
結局、親と祖母からの援助もあり、大学に入学し無事卒業した。
自分で奨学金などで大学に行った訳ではないので
偉そうなこと言えないが、自分勝手な父親の都合で
私の人生設計を潰されてなるものか、
という固い決意だったことは間違いない。

さらに遡れば、中学3年の時も高校受験を控え、
先生は私の偏差値では到底希望高校に受かった人がいないので、
一つ下げろとしつこく諭された。
ここでも絶対嫌だと言い張った。
落ちても構わないので、希望の高校しか受験しないと言った。
横で聞いていた母は、この子は決めたら聞かないので、
好きなようにさせてください。構いませんから、と
呆れ顏で答えた。結果、先生の予想を裏切り希望高校に合格。
行きたかった高校に進学した。

話は元に戻り、大学の時。父が就職先をコネで勧めてきた。
しかもうちの子は大学まで出ている(卒業できる)からと、アピールしたらしい。
絶対に父の口利きでは就職しないと決めていたので、
全て頑として断り続けた。

就職活動中、総合職で出世を望んでいた私は面接の時、
どのような仕事ができて、その仕事の成果を
どのように評価してもらえるのか、とことごとく質問した。
返ってくる答えは、女性だからどうせ結婚するまでの数年で何ができるの。
と、私が的外れな質問をしているように笑われた。
何社も何社も。
今思えば、当時でも女性が活躍できる職場もあったと思うが、
会社選びが間違っていたんだろう。

会社というのは女性をお茶汲みとしてしか見ないならば、
女性でもキャリアを積める職場を目指そうと思った。
だって、私は結婚せずに独身でバリバリ働きたいのだから。

よくよく冷静になると私は事務仕事が苦手だった。
以前から接客は好きだったので、
アパレル会社の販売職を受けてみることにした。
私は洋服に余り興味がなく、実際に働いてみておしゃれな人や
洋服が好きな人達の中にいるのは気が引けることが多かったが、
仕事としてキャリアを積んで、独身でも長く働ける仕事だと、
確信していた。

面接官はのちに私の直接の上司となる女性だった。
頑張ったら、その先の評価はありますか。と同じ質問をした。
答えは、店長やマネージャーなどの昇級は頑張り次第で可能です。
と、初めて私が求めていた答えだった。
この会社に無事合格をもらった。

父には勧めた会社の方が立派なのに、
大学まで出して販売かよ、と見下されたが、
自分で見つけ自分にあった会社に出会えたことの
喜びの方が大きく父の苦愚痴など気にもしなかった。

ちなみにのちのち店長を思いがけなく任されることになるが、
出世したいと面接で言っておきながら、
実際に働いて自分が周りに比べて至らないことが多すぎて、
理想と現実のギャップに押しつぶされそうになっていくことになる。
ま、それは置いといて。

結局私は周りの援助があったことは確かで、
希望は叶ったり叶わなかったりしたけれど、
自分で決めて自分がしたいと思ったことをしてきたので悔いはなかった。
頑固だったんだなぁ、と今更気付く。

今は当時思い描いていた未来とは全く違うが、
その都度選んで来た道が今になったんだから、それもまたよし。
自分で選んだってことが、きっと私にとっては大切だったんだろう。

今は性別というよりは、個のスキルの差が如実に評価される
時代になったので、それはある意味とても厳しい。
たぶんどんな時代にも何かしら障害や困難なことはある。

今の自分は将来どんな自分になりたいのか。
43歳でも専業主婦でも自分の意思は持っておきたいと思うのである。
しかしながら、年とってからの頑固は厄介なので、
我を通すのはほどほどにしとこう。



  
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