シンプルに考える
震災の日。
震災時の映像が繰り返しニュースで流れる。
昨年までは映像を直視できずにテレビを消していたが、
今年はだいぶん見ることができた。息苦しいような喉の奥に
固まりでも詰まったかのような感じはしたが。

インタビューされた女性がコメントを述べた。
「原発の事故さえなければ復興できたでしょ。」

お亡くなりになった方々はほとんどが津波が原因だったと聞く。
家族を亡くし住み慣れた家を流され
それでも前を向いて生きなければならない人達に
故郷に戻れないと言う現実が続く。

戻れたとしても、事故の影響は多岐に渡り、
何が正しいか、何が安全か、誰の責任か、今後どうなるんだ。
電気は必要か否か、代替電力はどうするんだ。
色んな思いが複雑になって、お互いが疑心暗鬼になり
本来一致団結して復興に向かうはずが、対立する構造になる。

もし事故が起きなかったならば。

住み慣れた地域の人達ともう一度力合わせて頑張ろうという気持ちに、
全国の人達ももっとシンプルに応援の力を発揮できたであろう。

食べ物を安全かどうかと不安になりながら検査せずに、
もう一度田畑を堂々と耕す気持ちになれるだろう。
子供を病気にならないかと不安にかられて
検査に連れて行くこともないだろう。
空気中のモニタリングデータを見ながら、
窓を閉めたりマスクをしたりと神経質にならずに済んだであろう。
そして何より住み慣れた場所に戻れないなどということはなかっただろう。

転勤族で社宅暮らしの私でさえ、あの日色々な近所の方に
助けてもらい支えられていたから安心して頑張れた。
長く地元でコミュニティを作っていた方々にとって、
地域社会を失うことの重大さは計り知れない。

もし事故が起きなかったならば。

地震や津波が起きなかったならば命を落とす方もいなかっただろう。
ただ、その後辛く悲しく寂しい5年を過ごして来た方々の
希望を閉ざしたのはなんだったのか。

シンプルに考える。
もし事故が起きなかったならば。

悲しいかな、地震や津波はまた日本のどこかでいつか起きるだろう。
起こさない術は現代にはない。
今後、自分自身や自分の家族や親しい友人達に同じことが
絶対に起こらない日本に、あの震災から変わったんだろうか。

シンプルに考える。
なぜ家族や家や仕事や地域社会を失い、
そして希望までも奪われなければならないのか。
また同じことを繰り返すのか。

もし子供達が、なぜ家に戻れないのか、どうして病院で
検査が必要なのかと問うたら、きちんと答えられる社会に
向かっているだろうか。

震災で大変辛い思いをした人達がいたから、
日本は考えを変えたんだよ、と
答えられる社会になったらいいのに。

事故の影響や対策、詳しいことは何が正しいのか、
私には5年経ってもますますわからない。
そして、辛くても頑張っている人達が
生きて頑張ってきてよかったと思える社会って
どうあるべきなのか。わからない。

だからこそ、私は自分も含め生きている人の未来を
考える。考える。考える。

5年前の夜。停電して真っ暗な駐車場で夜空を見上げたら、
見たこともない数の星が天の川のように瞬いていた。
人は亡くなったらお星さまになるというのは本当だと思った。

お亡くなりになった方々には、どうか安らかにと
あの日の星空を思い出して祈る。

色々言って行動はできていないが、
唯一それが私なりの震災を忘れないという意思だ。


  
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